保守・サービスマニュアルを翻訳するには
部品番号と規定値は、原文のまま渡す
海外拠点に設備を納めることになった、現地の代理店から整備マニュアルの外国語版を求められた、サービス部門に外国人の技術者が加わった——製造業やサービス部門の担当者からは、「保守マニュアルを、図や表を崩さずに現地の技術者が使える形にしたい」 という声をよく聞きます。サービスマニュアルは、机で読まれる文書ではありません。装置の前で、工具を持った人が、次に何をするかを確かめるために開きます。しかも書かれている内容の多くは、型番・部品番号・締め付けの規定値・エラーコードといった、訳してはいけない情報です。本ガイドでは、訳す対象と訳さない対象を先に切り分け、機種や版が増えても回る形に整える進め方を、専門知識を前提とせずに整理します。
所要時間:7 分 / 最終更新:2026 年 8 月
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セクション 1
なぜ保守・サービスマニュアルの翻訳は手間取るのか
「手順書を訳すだけ」に見えて、着手すると止まりやすい領域です。つまずきの原因は、次の 3 つに整理できます。
文章より、訳してはいけない情報のほうが多い
サービスマニュアルの中身は、手順の文章だけではありません。型番、部品番号、図中の部品を指す番号、締め付けの規定値と単位、点検の判定値、エラーコード、端子や配線の記号——こうした情報が本文と同じ密度で並びます。これらは意味を訳す対象ではなく、原文のまま残す対象です。とくに部品番号は、そのまま発注や在庫の照会に使われます。訳の工程で番号の並びが変わったり、全角に置き換わったりすると、届く部品が変わってしまいます。一般的な文書翻訳と同じ感覚で全体を訳しにかかると、まずここで事故になります。
警告や注意の書き方が、そのまま作業の前提になっている
保守作業は、装置を止め、電源や圧力を落とし、残っているエネルギーを逃がしてから行う——といった前提の上に成り立っています。その前提はたいてい、作業手順の直前に置かれた警告や注意として書かれています。ここで訳文が原文より弱い言い回しになったり、「〜してください」の一文にまとめられたり、レイアウトの都合で手順の後ろに回ったりすると、読む人が受け取る前提が変わります。文章としてこなれているかではなく、原文と同じ強さで、同じ位置に置かれているかが基準になります。
機種と版が増え、原本の改訂に翻訳版が追いつかない
サービスマニュアルは、一度作って終わりの文書ではありません。機種やシリーズごとに版が分かれ、仕様変更や不具合対応のたびに改訂され、技術通知やサービス速報のような形で追加の情報も出ます。渡す先も、海外拠点・代理店・協力会社と広がっていきます。最初の一式を時間をかけて訳しても、改訂のたびに同じ手間がかかる作り方をしていると、やがて翻訳版だけが古いまま現場に残ります。「今回ぶんをどう訳すか」ではなく「改訂が来るたびに同じ手順で回せるか」で考えたほうが、負担は小さくなります。
※ 本ガイドは、すでに内容が確定している資料を「翻訳して外国語版を用意する」工程を扱うものであり、保守マニュアルに記載すべき事項、どの範囲を社外や代理店に提供してよいか、仕向け地で求められる表示や言語、規格・法令への適合を示すものではありません。これらは製品・仕向け地・取引先との取り決め・自社の方針によって異なります。判断は自社のサービス部門・技術部門・品質保証部門、必要に応じて所管の窓口や外部の専門家にご確認ください。
セクション 2
サービスマニュアルを翻訳する方法 — 比較
この領域でよく使われる方法は、大きく 4 つあります。「図と表組みが多い」「改訂が続く」「機種ごとに似た内容が繰り返される」「社外に出していない技術情報を含む」というサービスマニュアルの性質に照らして、それぞれの向き不向きを押さえておきます。
| 翻訳の方法 | 手間・スピード | 文書データの扱い | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 翻訳会社に依頼する | 品質は高いが、日数と分量に応じた調整が必要で、改訂のたびの差し替えには回しにくい | 文書は依頼先にとどまる(取り決めによる) | 新機種の初版など、文面を固めて出したいとき |
| クラウド型の翻訳サービスに貼り付ける | 貼り付けるだけで速いが、図・表組み・番号の対応を自分で組み直すことになる | 本文がサービス提供元のサーバーに送られる | 海外拠点から届いた不具合報告・問い合わせ文の下訳 |
| 社内の外国語ができる社員に頼む | その場で頼めるが、本来の業務の合間になり、機種展開の分量には持たない | 社内にとどまる | 抜粋・数ページの照会や補足説明に限られる場合 |
| 手元(ローカル)で処理する翻訳ツール | ファイルを渡すだけで速く、図の配置と表組みを保ったまま訳せる。改訂ぶんも同じ手順で回せる | 文書は PC の中で処理され、翻訳サービス事業者にはアップロードされない | 改訂の反映・機種展開・社外に出していない技術情報を扱う場合・複数の言語が必要な場合 |
※ どれか 1 つに絞る必要はありません。代理店に渡す正式な版は文面を固めて技術部門の確認を通し、改訂ぶんや社内の照会は手元のツールで速く訳す、という使い分けが現実的です。なお、サービスマニュアルには、分解や調整の手順、内部の設定値、まだ公開していない改良の内容など、社外に出していない技術情報が含まれることがあります。社外のサービスに載せてよいかは、自社の情報管理のルールと取引先との取り決めに照らして、着手前に確認しておいてください。
セクション 3
実務の進め方 — 「改訂も機種も増える」前提で型を作る
サービスマニュアルは、翻訳したその版で終わりません。改訂が入り、機種が増え、渡す先の言語も増えます。最初に型を作れるかどうかで、2 回目以降の負担が変わります。押さえておきたい点を 4 つにまとめます。
「訳す語」「訳さない語」「毎回同じ訳にする語」を先に仕分ける — 手順の本文・警告や注意の文・図のキャプション・注記は訳す対象です。一方、型番、部品番号、図中の部品を指す番号、締め付けや圧力・電圧などの規定値と単位、判定値、エラーコード、端子や配線の記号、工具の呼び番号は、原文のまま残す対象です。そして、部位の呼び方(ユニット名・アセンブリ名)、作業の呼び方(点検・調整・交換・分解)、消耗品の呼び方は「毎回同じ訳語にする語」です。この 3 つをファイルを開く前に仕分け、後の 2 つを用語辞書(用語集)に登録しておくと、機種や担当者が変わっても訳がぶれません。同じ部位が機種によって違う訳語になっていると、現地の技術者は別の部品だと受け取ります。
手順の順番と、警告・注意の位置を動かさない — 保守作業の手順は、書かれている順番そのものが安全の前提になっていることがあります。電源を落とす、圧力を抜く、固定する、それから外す——という順序です。訳文を整える過程で文をまとめたり、読みやすさのために順番を入れ替えたり、レイアウトの都合で警告を次のページに送ったりすると、この前提が崩れます。警告・注意・禁止の表示は、原文と同じ位置に、同じ強さで置く。訳しやすさより、原文の構造をそのまま写すことを優先してください。
元ファイルごと翻訳する — サービスマニュアルは、分解図と部品表、手順の文と図中の番号、表の項目名と規定値が、たがいに結びついた状態で意味を持ちます。本文だけをコピーして訳すと、この対応が崩れ、図と番号の突き合わせに時間を取られます。ファイルの書式を保ったまま翻訳できる方法を選ぶと、原本と同じ体裁の外国語版がそのまま出せる状態になります。なお、図の中に画像として描き込まれた文字は翻訳の対象になりません。分解図のラベルや操作パネルの写真に写った文字がこれにあたります。どの文字が編集できるデータで、どれが画像なのかを最初に洗い出し、画像のぶんは対訳表を添えるなど別に扱いを決めておいてください。
用語辞書と翻訳メモリを、部門で引き継げる場所に置く — サービスマニュアルは、機種が違っても共通する記述——安全上の注意、点検の周期、消耗品の交換手順、共通ユニットの分解手順——が相当な割合を占めます。原文と訳文を翻訳メモリとして持っておけば、次の機種や改訂版では「変わったところ」に力を集中できます。用語辞書も同じで、一度決めた部位名・作業名の訳語を引き継ぐことが、現地からの問い合わせを減らすことにつながります。担当が交代する前提で、辞書とメモリを個人の手元ではなく部門の資産として残しておいてください。
翻訳の用語を統一して品質を安定させるには
部位名や作業名の訳がばらつく問題は、サービスマニュアルに限らず技術文書の翻訳運用に共通の課題です。用語集(用語辞書)で訳のぶれをなくす考え方と、最初に登録すべき語の選び方をこちらの実務ガイドに整理しています。
翻訳の用語統一ガイドを読む →セクション 4
代理店に渡して残る版か、社内で内容を把握する版か — 用途で仕上がりを分ける
手元にあるサービス関連の文書を、すべて同じ品質で翻訳しようとすると、機種の展開に追いつきません。「社外に渡って現場で使われる版」と「内容を把握するための版」で、求める仕上がりを分けるのが実務的です。
海外拠点・代理店に渡す版
確認を経て出す版現地の技術者が装置の前で開き、そのとおりに手を動かす版です。機械的な訳文をそのまま渡すのではなく、その装置の保守を分かっている担当者が通読し、型番・部品番号・規定値・単位が原本と一致しているか、警告や注意が原文と同じ強さで同じ位置にあるか、手順の順番が変わっていないかを確認してから渡します。適切かどうかの最終的な判断は、翻訳の担当者ではなく、その製品に責任を持つ技術部門・サービス部門が行ってください。どの範囲まで代理店に提供するか、対象の機種とシリアル範囲をどう明記するかも、渡す前に決めておく必要があります。
社内で内容を把握するための参照訳
速さを優先する版海外拠点や代理店から届いた不具合の報告書、現地で作られた点検記録、問い合わせのメールの中身をつかむ、といった用途です。逐語の完成度より「内容がすぐ把握できること」に価値があるため、機械翻訳の訳文をそのまま参照訳として使い、疑問のある箇所だけ原文に当たる運用で十分に機能します。この段階の訳文は参照用であることを資料上に明記し、社外には出さないようにしておきます。回答や正式な指示として返す必要が生じた段階で、確認を経た形に仕上げ直します。
社外に出していない技術情報を安全に翻訳するには
サービスマニュアルには、分解や調整の手順、内部の設定値、まだ公開していない改良の内容が含まれることがあります。こうした資料を、クラウド型の翻訳サービスに貼り付けてよいのか——。翻訳でデータがどこへ送られるか、処理場所による違い、手元(ローカル)処理・BYOK の考え方は、こちらの実務ガイドに整理しています。
社内文書の安全な翻訳ガイドを読む →セクション 5
つまずきやすいポイント
保守・サービスマニュアルの翻訳で引っかかりやすい点を、先回りして 5 つ挙げておきます。
部品番号・型番・規定値・単位は訳さず、必ず原本と突き合わせる — 部品番号、型番、図中の部品番号、締め付けや圧力・電圧の規定値、判定値、エラーコード、端子記号は、意味を訳す対象ではなく原本と一致させる対象です。ここでのずれは、読みにくさではなく作業の誤りになります。とくに注意したいのが、けた区切りや小数点に使う記号の違い、英数字が全角に置き換わること、記号や単位の前後の空白が変わることです。単位そのものを換算して書き換えるのも、翻訳ではなく内容への変更にあたります。必要かどうかは技術部門の判断とし、行う場合も原文の値が分かる形にしてください。訳し終えたら、本文の読みやすさとは別に「番号と数値と単位だけを原本と並べて突き合わせる」工程を必ず入れます。
警告・注意を、読みやすさのために弱めない・まとめない — 訳しているうちに、繰り返し出てくる注意書きをまとめたい、硬い言い回しをやわらげたい、という気持ちが働きます。しかし同じ警告が何度も出てくるのは、その作業のたびに読まれる必要があるからです。原文で分けて書かれているものは分けたまま、強い言い方で書かれているものは強いまま訳してください。基準は「原本と同じことを、同じ強さで、同じ位置に書く」の一点です。原文の記述自体が不明確で訳せない箇所は、翻訳の工程で解釈して埋めず、その資料を作成した技術部門に確認してください。
対象の機種・シリアル範囲・版数を、翻訳版にも必ず明記する — サービスマニュアルは、対象の機種やシリアル範囲が違えば手順も規定値も変わります。翻訳版に「どの機種の、どの版に対応するのか」が書かれていないと、現地では手元のマニュアルが目の前の装置に対応しているか判断できません。原本の版数・発行日・対象範囲は、訳文でも同じ位置に残してください。表紙や改訂履歴の欄は「訳さなくてよい部分」に見えますが、現場で最初に確認される情報です。
原本が改訂されたら、翻訳版と一緒に差し替える — 仕様変更や不具合対応で原本が改訂されたのに、翻訳版が旧版のまま現地に残っている状態は、翻訳版が無い状態よりも危険です。旧い規定値や、廃止された部品番号が、そのとおりに使われてしまいます。改訂が入ったときに両方を差し替える手順、旧版を配布場所から下げる手順、すでに現地に渡してある版をどう回収・通知するかを、文書管理の運用としてあらかじめ決めておいてください。改訂が続く文書を管理する考え方は「品質マニュアル・ISO 文書を翻訳するには」のガイドにも整理しています。
翻訳版は、現地での実技指導や技術サポートを置き換えるものではない — 外国語版を渡せば現地で保守ができるようになる、とは限りません。装置の状態を見て判断する部分、工具の扱い、異常時の切り分けは、文書だけで身につくものではないからです。翻訳版は、実技の教育や現地からの問い合わせに答える体制と組み合わせて、はじめて使える状態になります。また、渡した相手がどの範囲の作業を行ってよいか(分解の範囲や、資格が関わる作業の扱い)は、製品と取引先との取り決めによって異なります。翻訳の工程で決めず、技術部門・サービス部門の判断に従ってください。手順を動画で補う進め方は「業務マニュアルを動画化する方法」のガイドが参考になります。
セクション 6
よくある質問
分解図やパーツ図の中の文字も翻訳できますか?
取扱説明書の翻訳と、何が違いますか?
翻訳した版が、仕向け地の要求を満たしているかも確認できますか?
機種が多く、内容が似たマニュアルが何十冊もあります。全部訳し直しになりますか?
社外に出していない技術情報を、翻訳サービスにかけても大丈夫ですか?
現地の技術者から、訳が分かりにくいという指摘が来ました。どう直せばいいですか?
ご紹介
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