環境・サステナビリティ報告書を翻訳するには
数値と主張の強さを、原文どおりに保って出す
海外の取引先から英語版の提出を求められた、海外拠点にも同じ内容を配りたい、発行日が決まっているのに日本語版の確定が遅れている——広報・管理部門やサステナビリティ推進の担当者からは、「環境報告書やサステナビリティレポートを、図表を崩さずに外国語版として用意したい」 という声をよく聞きます。この種の資料は、文章と数値と図表が分かちがたく混ざっているうえ、読み手が社内にとどまりません。公開したあとで「言い過ぎだった」と気づいても取り消せない、という点が社内文書の翻訳と決定的に違います。本ガイドでは、訳す対象と訳さない対象を先に切り分け、翻訳の工程で主張の強さを変えずに外国語版を用意する進め方を、専門知識を前提とせずに整理します。
所要時間:7 分 / 最終更新:2026 年 8 月
📩 公開・改訂のお知らせをメールで受け取る
EN / ZH 翻訳版・追加資料・ガイド改訂のお知らせを不定期にお送りします(解除はいつでも)。
セクション 1
なぜサステナビリティ報告書の翻訳は手間取るのか
「本文を訳すだけ」に見えて、実際に手を動かすと止まりやすい領域です。つまずきの原因は、次の 3 つに整理できます。
文章・数値・図表が 1 つの資料に混ざっている
報告書には、方針や取り組みを述べた文章と、排出量・使用量・比率などの数値、そしてグラフや一覧表が同居しています。文章は意味を訳す対象ですが、数値・単位・基準年・算定の範囲は訳す対象ではなく、原文と一致させる対象です。この 2 種類を同じ工程で扱おうとすると、本文の言い回しに気を取られている間に数値のずれを見落とします。さらに、グラフが画像として貼り込まれている場合は、そもそも翻訳の対象になりません。何をどの工程で扱うのかを、着手前に決めておく必要があります。
読み手が社内にとどまらない
社内向けの資料であれば、表現が少し硬くても、あとから補足すれば済みます。報告書はそうはいきません。海外の取引先・調達先の調査票への回答、拠点への配布、社外への公開など、いったん外に出た版は取り消せません。訳語の選び方ひとつで、原文が「取り組んでいる」と書いていることが「達成した」と読める文になってしまうこともあります。社内文書と同じ感覚で速さを優先すると、あとで説明に追われることになります。
毎年発行し、前年の版との連続性が求められる
報告書は年次で発行するものが多く、読み手は前年の版と見比べます。ところが、担当者が変わったり、その年だけ外部に依頼したりすると、指標名・拠点名・方針の呼び方の訳語が前年と変わってしまいます。日本語では同じ言葉なのに外国語版では別の語になっていると、経年で比較できません。「今年ぶんをどう訳すか」ではなく「毎年同じ訳語で出し続けられる形にするか」で考えたほうが、結果的に負担が減ります。
※ 本ガイドは、すでに内容が確定している報告書を「翻訳して外国語版を用意する」工程を扱うものであり、開示・報告すべき事項、準拠する枠組みの選択、記載内容や算定方法の妥当性、外国語版を開示書類として扱ってよいかを示すものではありません。これらは事業の内容・上場の有無・提出先や取引先からの要請によって異なります。判断は自社のサステナビリティ推進・IR・法務・経理財務など所管の部門、および監査法人・保証機関・弁護士など所管の専門家にご確認ください。
セクション 2
報告書を翻訳する方法 — 比較
報告書の翻訳でよく使われる方法は、大きく 4 つあります。「図表を含む長い資料である」「毎年発行する」「公表前の数値を含む」という報告書の性質に照らして、それぞれの向き不向きを押さえておきます。
| 翻訳の方法 | 手間・スピード | 文書データの扱い | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 翻訳会社に依頼する | 品質は高いが、日数と分量に応じた調整が必要で、原稿の確定待ちが響く | 文書は依頼先にとどまる(取り決めによる) | 社外に公開する版の文面を、最初にしっかり固めたいとき |
| クラウド型の翻訳サービスに貼り付ける | 貼り付けるだけで速いが、図表とレイアウトを自分で組み直すことになる | 本文がサービス提供元のサーバーに送られる | すでに公表済みの内容の下訳・内容の把握 |
| 社内の外国語ができる社員に頼む | その場で頼めるが、本来の業務の合間になり、分量が多いと持たない | 社内にとどまる | 抜粋版・数ページの資料に限られる場合 |
| 手元(ローカル)で処理する翻訳ツール | ファイルを渡すだけで速く、レイアウトと表組みを保ったまま訳せる | 文書は PC の中で処理され、翻訳サービス事業者にはアップロードされない | 毎年発行する運用・公表前の版を扱う場合・複数の言語が必要な場合 |
※ どれか 1 つに絞る必要はありません。社外に公開する版は文面を固めたうえで所管部門の確認を通し、拠点内で共有する資料や取引先の調査票への下訳は手元のツールで訳す、という使い分けが現実的です。なお、報告書には公表日まで外に出せない数値が含まれることがあります。公表前の版を社外のサービスに送ってよいかは、自社の情報管理のルールと開示に関する社内の定めに照らして、着手前に確認しておいてください。
セクション 3
実務の進め方 — 「毎年出す」前提で型を作る
報告書の翻訳は一度きりでは終わりません。翌年もほぼ同じ構成で発生します。1 年目に型を作れるかどうかで、2 年目以降の負担が変わります。押さえておきたい点を 4 つにまとめます。
「訳す語」「訳さない語」「毎年同じ訳にする語」を先に仕分ける — 本文・見出し・項目名・注記は訳す対象です。一方、数値、単位、基準年、算定の範囲を表す記号、拠点や設備の識別番号、外部の枠組みや規格の名称・番号は、原文のまま残す対象です。そして、指標の呼び方・拠点名・製品名・方針や取り組みの名称は「毎年同じ訳語にする語」です。この 3 つをファイルを開く前に仕分け、後の 2 つを用語辞書(用語集)に登録しておくと、担当者が変わっても訳がぶれません。
主張の強さを表す言葉の訳し方を、先に決めて登録する — 「目指しています」「取り組んでいます」「検討しています」「達成しました」は、日本語では書き分けられていても、訳語の選び方によって強さが変わります。特に、目標や見通しを述べた文が、訳文では実績を述べた文のように読めてしまうことがあります。これは訳文の巧拙の問題ではなく、事実関係の問題です。よく出てくる言い回しについて「この日本語はこの訳語にする」を先に決めて用語辞書に登録し、判断を毎回の担当者に委ねない形にしてください。
元ファイルごと翻訳する — 報告書は、表組み・グラフ・注記番号・脚注・ページ番号・目次が本文と結びついています。本文だけをコピーして訳すと、この対応が崩れ、組み直しに時間を取られます。ファイルの書式を保ったまま翻訳できる方法を選ぶと、原本と同じ体裁の外国語版がそのまま出せる状態になります。なお、グラフが画像として貼り込まれている箇所は翻訳の対象になりません。どのページに画像化された図があるかを最初に洗い出し、元データから作り直すぶんとして別に切り出しておいてください。
前年の版を、翻訳メモリと用語辞書として引き継ぐ — 年次の報告書は、方針や算定方法の説明など、前年から変わらない記述が相当な割合を占めます。前年の原文と訳文を翻訳メモリとして持っておけば、2 年目以降は「変わったところ」に力を集中できます。用語辞書も同じで、前年に決めた訳語を引き継ぐことが、経年での比較可能性を保つことにつながります。担当が変わる前提で、辞書とメモリを個人の手元ではなく部門の資産として残しておいてください。
翻訳の用語を統一して品質を安定させるには
指標名や方針の呼び方の訳がばらつく問題は、報告書に限らず社内文書の翻訳運用に共通の課題です。用語集(用語辞書)で訳のぶれをなくす考え方と、最初に登録すべき語の選び方をこちらの実務ガイドに整理しています。
翻訳の用語統一ガイドを読む →セクション 4
社外に出す版か、社内で共有する参照訳か — 用途で仕上がりを分ける
報告書を丸ごと同じ品質で翻訳しようとすると、分量に負けて発行日に間に合いません。「社外に出て残る版」と「内容を把握するための版」で、求める仕上がりを分けるのが実務的です。
社外に公開する版・取引先に提出する版
確認を経て出す版いったん外に出れば取り消せない版です。機械的な訳文をそのまま出すのではなく、内容が分かる担当者が通読し、原文の主張の強さがそのまま伝わっているか、数値・単位・基準年・算定の範囲が原文と一致しているかを確認してから出します。表現が適切かどうかの最終的な判断は、翻訳の担当者ではなく、記載内容に責任を持つ所管の部門が行ってください。日本語版と外国語版のどちらを正とするか、外国語版に「参考訳」と明記するかどうかも、出す前に決めておく必要があります。
拠点内での共有・内容把握のための参照訳
速さを優先する版海外拠点の担当者に構成を共有する、取引先から届いた外国語の調査票や報告書の中身をつかむ、といった用途です。逐語の完成度より「内容がすぐ把握できること」に価値があるため、機械翻訳の訳文をそのまま参照訳として使い、疑問のある箇所だけ原文に当たる運用で十分に機能します。この段階の訳文は参照用であることを資料上に明記し、社外には出さないようにしておきます。外に出す必要が生じた段階で、確認を経た形に仕上げ直します。
公表前の資料を安全に翻訳するには
報告書には、公表日まで外に出せない数値や、拠点ごとの操業に関する情報が含まれることがあります。こうした資料を、クラウド型の翻訳サービスに貼り付けてよいのか——。翻訳でデータがどこへ送られるか、処理場所による違い、手元(ローカル)処理・BYOK の考え方は、こちらの実務ガイドに整理しています。
社内文書の安全な翻訳ガイドを読む →セクション 5
つまずきやすいポイント
報告書の翻訳で引っかかりやすい点を、先回りして 5 つ挙げておきます。
数値・単位・基準年・算定の範囲は訳さず、必ず原文と突き合わせる — 排出量や使用量の数値、単位の表記、基準年や対象期間、集計の対象範囲(どの拠点までを含むか、連結か単体か)は、意味を訳す対象ではなく原文と一致させる対象です。特に、けた区切りや小数点に使う記号、年度の表し方、単位の書き方は言語や地域によって慣行が異なります。どの表記に統一するかを先に決め、訳し終えたら本文の読みやすさとは別に「数値と単位と範囲だけを原本と並べて突き合わせる」工程を必ず入れてください。ここでのずれは、読みにくさではなく内容の誤りになります。
翻訳の工程で、主張を強めない・弱めない — この種の資料でもっとも避けたいのは、原文にない断定が訳文で生まれることです。「目標として掲げている」が「達成している」と読める、「一部の拠点で実施」が範囲を示さずに「実施」とだけ書かれる、といったずれは、訳語の選択や修飾語の省略で簡単に起きます。逆に、慎重になりすぎて原文の取り組みが伝わらなくなるのも正確ではありません。基準は「原文と同じ強さで書く」の一点です。訳文を確認するときは、読みやすさより先に、原文が言い切っている範囲と訳文が言い切っている範囲が一致しているかを見てください。
外部の検証・保証を受けた範囲の記載は、原文の書きぶりを崩さない — 第三者による検証や保証を受けている場合、その対象がどの指標のどの範囲かは、報告書のなかで区別して書かれています。訳文でこの区別が薄れると、対象外の数値まで検証を受けているように読めてしまいます。対象範囲を示す注記・記号・脚注は、位置も含めて原本と同じ対応が取れる形で残してください。検証や保証の対象・水準・記載方法そのものについては、所管の部門と保証機関にご確認ください。
公表前の版は、扱いを先に決めてから翻訳に着手する — 発行前の報告書には、まだ外に出していない数値や、公表のタイミングが決まっている情報が含まれます。どの範囲の担当者まで共有してよいか、社外のサービスに載せてよいか、翻訳を外部に依頼する場合の取り決めをどうするかは、着手前に所管の部門と決めておいてください。翻訳の都合で情報の公表順が崩れると、内容の問題ではなく取り扱いの問題になります。
版と発行年を明示し、旧版の訳を使い回さない — 外国語版には、どの年の版で、日本語版のいつ時点の内容に対応するのかを明記してください。日本語版に訂正が入ったのに外国語版がそのままになっていると、原文と翻訳版が食い違ったまま外に残ることになります。この状態は、外国語版が無い状態よりも誤解を生みます。訂正が入ったときにどちらの版も差し替える手順と、旧版を配布・掲載の場所から下げる手順を、発行の運用に組み込んでおいてください。年次で改訂する文書を管理する考え方は「品質マニュアル・ISO 文書を翻訳するには」のガイドにも整理しています。
セクション 6
よくある質問
グラフや図の中の文字も翻訳できますか?
外国語版を、正式な開示書類として公表してよいですか?
何か国語も求められています。言語ごとに作り直しになりますか?
公表前の報告書を、翻訳サービスにかけても大丈夫ですか?
毎年ほぼ同じ作業になります。2 年目以降を軽くできますか?
取引先から送られてくる英語の調査票や、海外拠点の報告資料にも使えますか?
ご紹介
報告書を、手元で・レイアウトそのまま翻訳するツールのご紹介
当社の Insight Doc Translator は、Word・Excel・PowerPoint・PDF をドラッグ&ドロップするだけで、レイアウトや書式を保ったまま多言語に翻訳するデスクトップアプリです。表組みや注記の位置を保って翻訳し、用語辞書で指標名・拠点名・方針の呼び方の訳語を統一、数値や固有名詞は「訳さない語」として保護、翻訳メモリで前年と変わらない記述には前年と同じ訳を当てられます。資料は PC の外に出ない手元処理(BYOK)のため、公表前の版を扱う場合にも向いています。無料版をご用意していますので、まずは 1 章ぶんからお試しください(FREE 版のダウンロードはメールアドレスの登録なしでご利用いただけます)。社外に公開する版は、記載内容に責任を持つ所管の部門の確認を経てからのご提供をおすすめします。
- ✓Word・Excel・PowerPoint・PDF・テキストに対応
- ✓表組み・注記・脚注番号・図のラベルを保持したまま翻訳
- ✓用語辞書で指標名・拠点名・方針の呼び方の訳語を統一/数値・固有名詞を保護
- ✓翻訳メモリで前年から変わらない記述の訳語がぶれない
- ✓BYOK(自社の AI キーで運用)/資料は PC の外に出ない
導入のご相談は info@h-insight.jp まで