事故報告書・ヒヤリハット報告を翻訳するには
起きたことを、同じ内容で読み合える形にする
外国人材の方が出してくれたヒヤリハット報告を翻訳して読んだところ、「フォークリフトが速く来たので危なかった」と書いてあった。ところが本人に話を聞くと、実際にはフォークリフトは止まっていて、「動き出すと思って驚いた」という出来事だった——。安全担当の方からは、「訳は読めたのに、何が起きたのかが原文とずれていた」 という声を聞きます。事故報告やヒヤリハット報告は、起きたことを残す記録であると同時に、原因を考えて再発を防ぐための材料です。本ガイドでは、外国人材の方が書いた報告を日本語で読む場面と、社内の事故の情報や再発防止の内容を外国人材の方の母語で届ける場面の両方について、様式の整え方、原文の残し方、訳で崩してはいけない点、訳に頼らず話を聞くべきことまでを、専門知識を前提とせずに整理します。
所要時間:7 分 / 最終更新:2026 年 10 月
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セクション 1
なぜ事故報告・ヒヤリハット報告の翻訳は、ほかの社内文書より気をつかうのか
報告書の 1 件 1 件は短く、様式も決まっています。それでも翻訳したとたんに中身がずれやすいのは、次の 3 つの事情によるものです。
「見たこと」と「思ったこと」の区別が、原因の検討を左右する
報告書には、本人が実際に見たこと・したことと、そのときに思ったこと・あとから考えたことが混ざって書かれます。日本語どうしでも区別があいまいになりやすいところで、翻訳を通すと「〜と思った」「〜だったかもしれない」が「〜だった」に言い切られたり、その逆が起きたりします。原因を考える人は、書かれたことを事実として受け取って対策を組み立てます。翻訳で守るべきなのは日本語として整っていることよりも、「いつ・どこで・何が起きたか」と「本人がどう感じ、どう考えたか」の区別が原文どおりに届くことです。
報告のしやすさが、言葉の壁で大きく変わる
ヒヤリハット報告は、小さな出来事を出してもらえるかどうかで価値が決まります。日本語で書くのに時間がかかる、うまく書けないと思われたくない、という理由で、外国人材の方の報告が出てこなくなることがあります。日本語で書くことを求めるか、母語で書いたものを受け付けるかは、翻訳の手間の問題であると同時に、報告が集まるかどうかの問題でもあります。翻訳の進め方を決めるときは、読む側の都合だけでなく、書く側の手間を先に考えてください。
個人の情報と、あとで参照される記録が入る
事故の報告書には、けがをした人の名前やけがの様子、関わった人の名前、設備や取引先の情報が書かれます。あとから原因を振り返るとき、行政への届出や保険の手続き、取引先への説明の場面で参照されることもあります。翻訳した版が出回ったり、手軽な方法で社外に送られたりすると、個人の情報が思わぬところに残ります。報告書は短い文書でも、社内でもっとも扱いに気をつかう文書の 1 つであることを、最初に押さえておいてください。
※ 本ガイドは、事故報告書やヒヤリハット報告を「外国人材と日本人の社員が互いに読める形にする」工程を扱うものです。労働災害が起きたときに行政へ提出する書類の様式や期限、記載事項、保険の手続き、取引先や元請との取り決めにもとづく報告の方法については示しません。どの書類をどの言語で作り・誰が提出するかは、翻訳の工程では決められません。安全衛生の所管部門、個人情報の取り扱いの所管部門、必要に応じて労働基準監督署などの行政の窓口や社会保険労務士などの専門家にご確認ください。
セクション 2
事故報告・ヒヤリハット報告を翻訳する方法 — 比較
報告書まわりの翻訳でよく使われる方法は、大きく 4 つあります。「見たことと思ったことの区別を崩せない」「書く側の手間が報告の数を左右する」「個人の情報と、あとで参照される記録が入る」という性質に照らして、向き不向きを押さえておきます。
| 翻訳の方法 | 手間・スピード | 文書データの扱い | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 様式の見出しと選択肢を、先に両言語にしておく | 最初に一度、欄の名前・選択肢・書き方の例を対訳にする手間がかかるが、その後はチェック欄の部分を訳さずに読めるようになり、書く側も母語で項目を確かめながら記入できる | 様式と書き方の例だけを扱うため、個人の情報を含む毎回の報告は外に出ない | ヒヤリハット報告のように件数が多く、同じ様式で書かれる報告。書く側と読む側の両方の手間を減らしたい場合 |
| 翻訳会社や専門家に依頼する | 様式や再発防止の周知文の訳を丁寧に固められるが、報告が出るたびに依頼していると、原因の検討が訳の戻りを待つことになる | 文書は依頼先にとどまる(取り決めによる)。個人の情報を含む報告を渡す場合は、機密保持と個人情報の取り扱いの取り決めを確認する | 様式・書き方の例・用語集を最初に作る一巡目や、重い事故のあとで社外にも説明する文書の訳を固めたい場合 |
| 両方の言語ができる社員やリーダーに訳してもらう | 現場の事情を踏まえて訳せて、その場で本人に聞き返すこともできるが、その人が当事者や関係者の場合は、訳に本人の見方が入りやすい | 社内にとどまる(ただし 1 人がすべての報告を読むことになる) | 報告の内容が分かりにくいときの聞き取りの補助や、訳した様式・用語が現場の呼び名と合っているかの確認 |
| 手元(ローカル)で処理する翻訳ツール | 報告書のファイルを渡すだけで速く、表の配置や欄の並びを保ったまま訳せる。用語辞書で設備や場所の呼び名を固定し、翻訳メモリで様式の定型部分を引き継げる | 文書は PC の中で処理され、翻訳サービス事業者にはアップロードされない | 様式の対訳を作る作業や、自由記述の多い報告、個人の情報を含む事故報告を訳す場合 |
※ どれか 1 つに絞る必要はありません。まず様式の見出しと選択肢を両言語にして、母語でも書ける形にしておき、残った自由記述を手元の翻訳ツールで訳し、分かりにくいところは本人に直接聞く、という順番が現実的です。どの方法を選んだ場合でも、けがを伴う事故や、原因の検討に影響しそうな記述については、訳文だけで判断せず、本人や関係者から話を聞いて確かめることをおすすめします。訳文が整っていても、それが本人の言いたかったことと同じかどうかは、紙の上では分かりません。
セクション 3
実務の進め方 — 訳す前に決めておくこと
報告書の翻訳は、事故やヒヤリハットが起きるたびに続く運用です。起きてから決めようとすると、急いでいる場面で判断を迫られます。着手前に決めておくと以降が楽になる点を、4 つにまとめます。
原文を消さず、訳と並べて残す — 外国人材の方が母語で書いた報告を日本語に訳したら、訳だけを残すのではなく、原文も同じ報告に添えて残してください。あとで原因を振り返るときや、本人の書いたことと訳が食い違っていると分かったときに、確かめる手がかりは原文にしかありません。あわせて、「記録として扱うのはどの版か」「訳は誰が確かめたか」を報告の中に書けるようにしておきます。正本の言語や保存の扱いに決まりがある報告かどうかは、安全衛生の所管部門に確認してください。
様式の欄を「見たこと」「思ったこと」「その後したこと」に分ける — 自由記述の欄が 1 つしかない様式では、事実と推測が 1 つの文章に混ざり、翻訳でさらに区別がつかなくなります。「いつ・どこで」「何を見たか・何をしていたか」「そのときどう思ったか」「その後どうしたか」「次にどうすればよいと思うか」のように欄を分け、それぞれの欄の名前と書き方の例を両言語で併記してください。これは翻訳のためだけでなく、日本人どうしの報告の質を上げることにもつながります。
設備・場所・作業の呼び名を、用語辞書にまとめる — 「2 番ドック」「東通路」「B 棟の階段」「〇〇作業」のような呼び名は、翻訳すると別の語に置き換わり、どこで起きたのかが分からなくなります。設備番号や場所の呼び名は「訳さない語」として保護し、現場の略語や作業の名前は正式な言い方と一緒に用語辞書に登録してください。作業手順書や引き継ぎ記録と同じ用語辞書を使うと、報告に出てくる呼び名と、ふだんの手順に出てくる呼び名がそろいます。
誰が訳し、誰が本人に聞き返すかを決めておく — 報告の内容が分かりにくいとき、訳した人が推測で補うのではなく、本人に聞き返す流れを決めておきます。聞き返す役割は、報告を受ける安全担当や現場の管理者が持ち、必要なら両方の言語ができる社員に同席してもらう形にしてください。当事者や関係者が訳と聞き取りを兼ねると、本人にその気がなくても、訳に見方が入りやすくなります。
翻訳の用語を統一して品質を安定させるには
設備や場所の呼び名、作業の名前、けがの部位の訳が報告ごとにばらつくと、同じ場所で同じことが起きていても気づけなくなります。用語集(用語辞書)で訳のぶれをなくす考え方と、最初に登録すべき語の選び方をこちらの実務ガイドに整理しています。
翻訳の用語統一ガイドを読む →セクション 4
「報告を受け取る翻訳」と「再発防止を共有する翻訳」— 扱いを分ける
報告書まわりの翻訳には、外国人材の方が書いた報告を日本語で読む場面と、社内で起きたことや再発防止の内容を外国人材の方の母語で届ける場面の 2 つがあります。向きが逆なだけでなく、気をつけることがまったく違います。
報告を受け取る翻訳(母語 → 日本語)
原文どおりに、足さない外国人材の方が書いた報告を、原因の検討のために日本語で読む場面です。ここで優先するのは、書かれていることを増やしも減らしもしないことです。訳の段階で文を整えたり、分かりやすく言い換えたりすると、本人が書いていない推測や評価が入り込みます。分かりにくい箇所は訳で埋めず、「原文の意味が取りにくい」と印を付けたうえで、本人に聞き返してください。報告には個人の情報が入るため、どの翻訳の方法を使ってよいかは、個人情報の取り扱いの方針に沿って決めます。
再発防止を共有する翻訳(日本語 → 母語)
個人を特定しない形にしてから社内で起きた事故やヒヤリハットと、その後に決めた対策を、外国人材の方を含む現場の全員に届ける場面です。ここで訳すのは、もとの報告書そのものではなく、共有のために書き直した版にしてください。けがをした人や関わった人の名前、本人を特定できる細かな事情を外し、「どこで・どんな作業で・何が起きかけたか」「これから何を変えるか」に絞った版を作り、それを両言語にします。共有する版は報告した人を責める内容にしないことも、次の報告が出てくるかどうかに関わります。
社外秘や個人の情報を含む文書を安全に翻訳するには
けがの様子や関わった人の名前が書かれた報告書を、クラウド型の翻訳サービスに貼り付けてよいのか——。翻訳でデータがどこへ送られるか、処理場所による違い、手元(ローカル)処理・BYOK の考え方は、こちらの実務ガイドに整理しています。
社内文書の安全な翻訳ガイドを読む →セクション 5
つまずきやすいポイント
事故報告・ヒヤリハット報告の翻訳で引っかかりやすい点を、先回りして 5 つ挙げておきます。
訳した人が、評価の言葉を足さない — 「不注意で」「確認を怠り」「ミスをして」のような言葉は、本人が書いていなくても、訳を整える過程で入り込むことがあります。報告書の翻訳では、原文にない評価の言葉は足さないことを、訳す人の約束にしてください。評価の言葉が入った報告は、原因を本人の注意力に寄せてしまい、設備や手順の見直しにつながりにくくなります。
時刻・場所・数字・向きを、原文と突き合わせる — 報告書には「14 時ごろ」「2 段目」「右から来た」「約 1 メートル」のような、出来事を再現するための情報が多く出てきます。翻訳の過程で時刻の書き方が変わったり、左右や前後が入れ替わったりすると、現場で確かめたときに話が合わなくなります。数字と方向の言葉は、原文と並べて突き合わせてから回覧してください。
外国人材の方が日本語で書いた報告を、書き方で採点しない — 日本語で書かれた報告は、文法が整っていなくても、必要なことはきちんと書かれていることがよくあります。言い回しの正しさを指摘すると、次から報告が出てこなくなります。見るのは「いつ・どこで・何が起きたか」と「その後どうしたか」がそろっているかどうかです。足りないところは書き直させるのではなく、話を聞いて受け取る側が補ってください。
図や写真は、訳とは別に原本を添える — 報告書に付いている配置図や手書きの図、現場の写真は、出来事を伝える大事な情報です。翻訳した版を作るときに図の中の文字だけ訳して原本を外すと、もとの書き込みが失われます。図や写真は原本のまま添え、図の中の文字の訳は注記として並べる形にしてください。
報告の写真や画面の写しを、個人の端末で翻訳しない — 急いでいるときほど、報告書を個人のスマートフォンで撮影して翻訳したくなります。報告にけがの様子や関わった人の名前が入っている場合、それが個人の端末や社外のサービスに残ることになります。報告を訳すときに使ってよい方法と端末を、運用を始める前に決めて伝えておいてください。
セクション 6
よくある質問
外国人材の方に、ヒヤリハット報告を母語で書いてもらってもよいですか?
事故の報告書を、無料のウェブ翻訳サービスで訳してもよいですか?
労働災害が起きたときに行政へ出す書類も、同じように翻訳すればよいですか?
けがを伴う事故のあと、本人から話を聞くときも翻訳ツールでよいですか?
ヒヤリハット報告の教育と、報告書の翻訳はどう組み合わせればよいですか?
作業手順書や点検記録の翻訳と、何が違いますか?
ご紹介
報告書の様式と報告を、手元で・書式そのまま訳すツールのご紹介
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