障害者理解・合理的配慮の教育を動画で実施するには
「配慮の正解」ではなく、「本人と話す道筋」を全社に残す進め方
配属されてきた同僚から、朝礼の内容が聞き取りにくいと打ち明けられた。何とかしたいとは思うものの、何をどこまで変えてよいのか分からず、本人に聞くのも失礼な気がして、結局「困ったら言ってね」で終わってしまった――職場で起きているのは、多くの場合こういう場面です。悪意があるわけでも、制度を知らないわけでもなく、誰に相談すればよいのか、どこまで自分の判断で決めてよいのかが分からない という一点で止まっています。障害のある人と一緒に働くうえでの配慮は、本人との話し合いを通じて個別に決まるものであり、あらかじめ配れる正解の一覧があるわけではありません。だからこそ教材の役割は、答えを配ることではなく、話し合いを始められる状態と、迷ったときにたどり着ける窓口を全員に残すことになります。このガイドでは、人事・総務で全社教育を任されている方向けに、動画にできる部分とできない部分の切り分け、対話へつなぐ教材の作り方、当事者が受講者にいる前提の表現配慮、教材そのもののアクセシビリティ、視聴記録の残し方までを実務目線でまとめました。特別な知識は前提としません。
所要時間:7 分 / 最終更新:2026 年 9 月
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セクション 1
なぜこの教育を動画にするのか
障害のある人と働く職場をつくる仕事の中心は、教育よりも先に、採用・配置・設備・業務の切り出し方といった会社の仕組みの側にあります。段差をなくす、文字情報で伝える手段を用意する、業務の進め方に幅を持たせる――ここで解けることを、従業員の心がけで埋めることはできません。動画にできるのは、その前提のうえで全員に共有しておきたい部分――なぜ進め方を調整するのか、誰にどう相談すればよいのか、申し出を受けた人は何をすればよいのか、といった土台です。ここを動画にする会社が増えているのは、次の 3 つの理由によります。
「知らないから動けない」で止まっている人が多い
配慮が進まない理由は、反対や無関心よりも、勝手に決めて失礼にならないか・特別扱いだと言われないか・どこまでが自分の裁量かが分からない、という迷いであることが少なくありません。この迷いは、個々の善意ではほどけません。会社として「困りごとは申し出てよい」「受けた側は一人で判断せずここへつなぐ」という道筋を示すと動けるようになります。全員が同じ道筋を知っている状態をつくるのに、同じ内容を配れる動画は向いています。
対象が全社員で、入れ替わるたびに同じ説明が要る
この土台は特定の部署だけの話ではなく、新卒・中途・異動・パートタイムの方まで、働く全員に関わります。人が入るたびに同じ説明を口頭で繰り返すことになり、しかも話す人によって強調点や言葉づかいが変わります。表現に配慮が要るテーマほど、担当者ごとに揺れるのは避けたいところです。動画にしておけば、社内で内容を確認した同じものを、あとから入った人にもそのまま渡せます。
集合研修だと、参加できない人と当事者への負担が出る
全員を同じ時間に集めるのは簡単ではなく、シフト勤務や複数拠点があればなおさらです。加えてこのテーマでは、集合研修の場で意見や体験を求められること自体が、当事者にとって負担になることがあります。各自のペースで視聴できる形にしておくと、参加できない人が出ませんし、聞きたい部分を後から見返すこともできます。
※ 本ガイドは、障害のある人と一緒に働くうえでの理解と相談の道筋を教材として全社に共有する方法を整理するものであり、教育の実施義務や、法令・指針への適合を示すものではありません。雇用の場面における合理的配慮については障害者雇用促進法に、事業者が行うサービス提供等の場面については障害者差別解消法に、それぞれ定めが置かれています。ただし、何が合理的配慮に当たるか、どこからが過重な負担に当たるか、どの範囲の人に何をどこまで行うかは、事業の内容・規模、業務の性質、個々の状況によって異なり、本ガイドでは判断できません。自社に何がどこまで当てはまるかは、人事労務部門、産業保健スタッフ、社会保険労務士など所管の専門家、所轄の労働局・ハローワークや地域の支援機関にご確認ください。
セクション 2
扱う内容の種類と動画化の相性
「障害者理解の研修」とひとことで言っても、その中身は、どの会社でも変わらない考え方から、自社の窓口や手続き、申し出を受ける立場の人向けの内容、そして個別の話し合いそのものまで幅があります。動画化との相性は内容によって大きく変わるため、まずどこを動画にするかを切り分けると、作る本数も更新の手間も見通しが立ちます。
| 扱う内容 | 変わりやすさ | 動画化との相性 | 進めるときのポイント |
|---|---|---|---|
| 考え方の土台(働きやすさは本人だけの問題ではなく職場側の進め方でも変わること、配慮は本人との話し合いで決まること、見た目で分からない場合があること) | 変わりにくい | 全員に同じ内容を届ける用途に向く | 1 本目はここから。部署や職種が違っても同じものを渡せる |
| 自社の相談の道筋(どこに相談するか、どの様式を使うか、誰が関わるか、本人の情報がどう扱われるか) | 窓口・様式の変更で変わる | 向くが、更新前提で本を分けておく必要がある | 土台編と別の本に分け、変わったときはこの 1 本だけ差し替える |
| 申し出を受ける立場の人向け(一人で判断しない、断定しない、本人の同意なく周囲へ共有しない、所管部門へのつなぎ方) | 運用の見直しで変わる | 向く。ただし可否の判断そのものは扱わない | 「決める研修」ではなく「つなぐ研修」として作る |
| 個別の配慮を決める話し合い、本人の状況の把握、医療・支援機関との連携、配慮の実施と見直し | 一人ひとり異なる | 本人と所管部門が個別に行うものであり、動画で置き換えるものではない | 動画は前提の共有まで。個別対応は従来どおり所管部門で |
※ 何をどこまで教材に載せるか、どの範囲の人を対象とするかは、業種・組織の形や自社の定めによって異なり、本ガイドでは判断できません。特に、個別の配慮の可否・内容・費用の負担、本人の健康情報の取り扱い、支援機関や主治医との連携については、教材で結論を示すものではありません。人事労務部門、産業保健スタッフ、社会保険労務士など所管の専門家にご確認ください。
セクション 3
実務の進め方 — 「正解の一覧」ではなく「話し合いの入口」から作る
この教材でつまずきやすいのは、障害の種別ごとに「こういう場合はこう対応する」という一覧を作ろうとして、途中で手が止まるパターンです。種別は無数にあり、同じ診断名でも必要なことは人によって違います。作るべきなのは一覧ではなく、話し合いが始まる状態です。次の順で組み立てると、短い教材でも実務が動きます。
教材のゴールを「窓口にたどり着けること」に置く — 受講した人に残ってほしいのは、知識の量ではなく、①働きにくさは職場側の進め方でも変わること、②困りごとは申し出てよいこと、③申し出を受けた人は一人で抱えずどこへつなぐか、この 3 つです。ここが残れば、あとは個別の話し合いの中で決まっていきます。逆に、ここが曖昧なまま知識だけを増やしても、現場では「よかれと思って本人に聞かずに決める」方向に進みがちです。
「この障害にはこう配慮する」という型を配らない — 種別ごとの対応例は分かりやすい反面、そのまま当てはめる行動を生みます。必要なのは人によって違い、同じ人でも時期によって変わります。例を出す場合は「こういう申し出があったときに、こう話し合って、こう決まった例がある」という形にとどめ、決め方の手順が伝わるようにしてください。結論の一覧ではなく、話し合い方が残るのが良い教材です。
土台編・自社編・受け手編に分けてから作る — 考え方の土台は数年変わりませんが、相談窓口・様式・体制は変わります。1 本にまとめてしまうと、窓口が変わるたびに全体を作り直すことになり、たいてい更新が止まります。「土台編」「うちの相談の道筋編」「申し出を受けたとき編(管理職・チームリーダー向け)」に分けておけば、変わった 1 本だけ差し替えられます。ナレーションは、自分たちの声で録音する、台本から合成音声(TTS)で生成する、といった選択肢があります。窓口や様式が変わるたびに一部を直したい場合や、日本語が母語でない方が働く職場で多言語版も用意したい場合は、台本を直せば作り直せる合成音声(TTS)が運用しやすい方式です。
教材そのものを、届く形で作る — このテーマの教材が字幕なしの音声だけ、色の違いだけで区別する図、読み上げできない画像の文字で作られていると、内容と作りが食い違います。字幕を付ける、重要な情報は音声と文字の両方に入れる、色だけに頼らず形や文字でも区別する、資料は文字を選択できる形式でも配る、点滅や急な動きを避ける、再生速度や一時停止を受講者が選べるようにする――このあたりを最初から前提に入れておくと、後から作り直さずに済みます。教材の作り方自体が、会社の姿勢として伝わります。
社内で内容を確認してから配る — 表現に配慮が要るテーマなので、公開前に人事労務部門、産業保健スタッフ、必要に応じて社会保険労務士など所管の専門家に内容を確認してもらってください。あわせて、社内に当事者の方がいる場合でも、確認の負担を特定の個人に負わせない形にすることが大切です。「当事者だから意見を言うべき」という前提を持ち込まず、関わり方は本人が選べるようにしてください。
研修動画の作り方 — 6 ステップの実務ガイド
この教材も、企画 → 台本 → スライド → ナレーション → 書き出し → 配信という基本の流れは他の研修動画と同じです。台本の書き方やナレーションの選択肢の比較は、こちらの実務ガイドに整理しています。
研修動画の作り方を読む →セクション 4
視聴記録をどう残すか
誰がどの教材を見たかを把握しておくと、全社に行き渡っているか、窓口を変えたときの配り直しが届いたかを確認できます。残し方は大きく 2 つです。
動画を共有し、記録は既存の様式に残す(MP4 共有)
まず始めるなら共有フォルダや社内ポータルに動画を置いて視聴してもらい、記録は教育記録簿など、これまで使っている様式に残す運用です。追加のシステムが不要で、今の帳票の流れを変えずに始められます。動画の側では誰が視聴したかは残らないため、記録は従来の様式で押さえる形になります。全社員が対象で、まず 1 本目を配ってみるという段階では、この形が取り回しやすいことが多い方法です。
LMS で受講状況を管理する(SCORM)
証跡を集約するなら教材を SCORM 形式で LMS(学習管理システム)に登録すると、受講者ごとの完了状況や学習時間を LMS が自動で記録します。拠点や部署が多く、どこまで行き渡ったかを一覧で確認したい場合に向きます。無料・オープンソースの LMS もあり、まずは小さく試すこともできます。ただし記録に残るのは「見たかどうか」であり、職場で実際に相談しやすい状態になっているかは別に確かめる必要があります。記録の様式や保存期間が社内の定めで決まっている場合は、その基準にあわせて運用を整えてください。
SCORM 1.2 入門ガイド
受講記録を残すうえで避けて通れないのが SCORM 規格です。SCORM とは何か、なぜ重要か、対応 LMS、書き出しの流れまでをまとめた入門ガイドをご用意しています。サンプル SCORM 1.2 パッケージも無料でダウンロードできます。
SCORM 1.2 入門ガイドを読む →セクション 5
つまずきやすいポイント
この教材を作るときに引っかかりやすい点を、先回りして 5 つ挙げておきます。
受講者の中に当事者がいる前提で作る — 障害のある方、通院や治療をしながら働いている方、家族に当事者がいる方は、必ず受講者の中にいます。「障害のある人」を自分たちの外側にいる誰かとして語る作り、支援する側とされる側に分ける作りは、その人たちを教材の対象から外してしまいます。主語は「一緒に働く私たち」に置き、配慮は特別な人への特別な対応ではなく、働き方の幅を確保することだと伝えてください。当事者の姿を感動的なエピソードとして扱ったり、頑張りを称える形にしたりするのも避けます。
障害の有無を申告させる作りにしない — 教材の設問やアンケートで、障害の有無・診断名・通院や服薬の状況を答えさせないでください。理解度確認は「困りごとの申し出を受けたら、まずどこへつなぐか」といった行動を問う設問にとどめます。あわせて教材の中で、本人が話していない情報を周囲に共有しないこと、健康に関する情報は所管部門が定められた範囲で扱うことを明示してください。良かれと思った共有が、本人が最も避けたかったことである場合があります。
「特別扱い」への引っかかりに、先に答えておく — 進め方を調整すると、周囲から不公平だという受け止めが出ることがあります。ここに触れずに配慮だけを求めると、当事者が言い出しにくくなる方向に働きます。教材では、業務の本質的な部分は変えずに進め方を調整するものであること、必要なことは人によって違うこと、調整によって周囲に無理が生じるなら、その調整の仕方自体を所管部門と話し合う対象になること――この 3 点を会社の側から示してください。当事者に説明責任を背負わせない形にすることが大切です。
個別の話し合いを動画で置き換えない — 何に困っているのか、どんな進め方なら働きやすいのか、何がどこまでできるのか。これらは本人と話してはじめて分かります。教材の位置づけは「前提を押さえるところまで、個別の配慮は所管部門と本人の話し合いで決める」と明示してください。特に、可否の判断、費用の負担、業務内容や配置の変更に関わることは、教材で結論を示すべきではありません。管理職向けの教材でも、扱うのは「一人で判断せずつなぐ」までです。
古い窓口のまま残った教材は、周知が無い状態より悪い — 相談窓口が変わった、担当部署が再編された、様式が改まった、社外の相談先を追加した――このとき教材だけが以前の内容のまま残ると、受講した人は存在しない窓口に連絡しようとします。「相談したのに反応がなかった」という経験は、次の申し出をなくします。教材には制作時点を入れておき、窓口や様式を変える側から教材の担当に伝わる流れを決めてください。差し替えたら旧版は共有場所から下げ、どれを見ればよいかが分かる状態にしておきます。
セクション 6
よくある質問
動画を配れば、合理的配慮の取り組みとして足りますか?
どこから作ればよいですか?
障害の種別ごとの対応例を入れたほうが分かりやすいのでは?
受講者に理解度テストを行ってもよいですか?
社内の当事者に監修や出演を頼んでもよいですか?
障害者差別解消法の研修や、人権・メンタルヘルスの教材とは、どう使い分けますか?
ご紹介
教材づくりに使えるツールのご紹介
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